電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

不健全なソーシャルメディア

このブログ、最近はこの程度の更新状況なのでアクセスもほどほどだ。去年の暮れまでは格闘技関連の告知活動をネットに少しでも浸透させる為に必死になったわけで、今は特に告知したい事もないので、その事自体は問題はない。逆に、書きたい文章を書いて、それを数百人(とは言っても百の桁を四捨五入するとゼロになる程度)の人間が読んで楽しんでくれるという清く貧しく美しくみたいな、それでも充分幸福な構造に転換しつつあるわけだ。

とは言え、昔はあちこちにリンクされて、そこから人が流れてくるという構造があったのに比較し、リンクされる場所、可能性は明らかに広がっているにも係らず、それがどんどん減ってきて、いやリンクされてもアクセスが出ないという状況になっていて、今はもうツイッターからの流入のみが新規アクセスの可能性みたいなもんだ。これは今の話ではなく、去年の今頃あたり、必死になって更新を続け、あちこち宣伝をして、アクセスが右上がりの状況だった時にとっくに発生していた事なので、今このブログのアクセスが落ち目だからという事ではない。ただその傾向は確実に加速している。

ツイッターフェイスブック、そしてグーグルプラスのようなソーシャルメディアによって、誰もがパーソナルメディアを持つ機会は広がったからこそ、情報系ブロクはただ情報として消費され、著名人ブログはただゴシップとして消費され、それ以外は、身内の馴れ合いと雑談しか残らなくなってしまった。

自分なぞにしてみれば、ブログを書いてそれをフェイスブックで告知してグーグルプラスで宣伝してツイッターに転載してそれをネタにブログを書いてそれをフェイスブックで……みたいな自閉した世界が完結して、結局それはトラフィックを増やすだけで、つまり、リアルの消費社会と同じように、ネットにおいても如何にトラフィックを増加させて、そのどこかで経済を発生させるかという構造になってしまって、大切だった筈のモノ作りとそれを受け取る喜びも、ビジネスの二の次にされていくのはリアルと同じあって、しかも、そんな事をこのブログに書いても何処にも届かないのであって、あの90年代半ばインターネット草創期の、これでおれの声は世界に届いちゃうんだぜという、大海に漕ぎ出す船出の喜びは疾うに失われ、遭難者の絶望感ばかり残る事になった。あれ何か凄くオチ暗い。