電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

がんばり過ぎないようにがんばる

震災以降、正しい事とか、誠実さを、自分以外に求め続けると、それは全部自分に返ってきてしまい、自分も正しく誠実にあらねばならない事に気付く、そういう当たり前の気付きが、あちらこちらで見られて、うん、そういうもんだよねという1年だったと思うのだ。

そうして、あんまりがんばると自分もキツくなってしまうから、がんばり過ぎないように、ほどほどに、そこそこに、がんばろうよという結論に、多くの人が落ち着くのは、さらに当たり前の事であるし、気付かないまま自分を棚上げし続けていると、天に唾する奴と言われてしまうわけだし、ひいては単なるバカなんじゃないのという話になってしまうわけだ。

勿論、未だ気付いてない人は多いし、棚上げこそ命みたいな私言ってやりました的感性を持つ人の方が、圧倒的多数である事もまた確かだし、さらには、もっと手前で、被害者意識だけを執拗に叫び続ける人が多いことも当然なんだが、そういうレベルでモノを語っても自分にとっては既に何の意味を持たず、どんどん空虚になっていくだけという事が実感出来ただけでも、収穫があった年だった。

この手の話は、ネットを通して、どんどん顕在化しただけの話で、昔から世界はそうであったし、きっとこれからもそうであり続けるんだとも思う。その上、こんな事を考えても、それで他人が幸福になるわけではないわけだが、それでも、自分にとって微笑む余裕が増える事ならぱ、それは自分以外にとっても同じである場合だって、たまには、ごく稀には、あると思うので、ほとんどの人に意味不明である筈のこういう駄文を、ダラダラと、こうしてしたためるんだ、おれは。