電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

日常生活の壮健

五十になるまでに、全部自分を作り直してしまいたかったんだが、間に合いそうもないので、今年一杯、いやそんなケチなこと言わずに、この際、無期限に期間を延長してでも、しこしこ作り直しを続けることにした。つまり、これから五十代を生きるにあたっての決意表明的な。

死にたいと思ったことは、あまり多くないが、それ以上に長生きしたいと思ったこともなくて、いつ死んでもいいと思っていた。それはずっとそうだった。が、これからはそう思わない。ここまで生きてしまった以上、生きたくても生きられなかった諸先輩や知人の顔を思い出しながら、可能な限り長生きしようと思い直した。そうしてみると、根本的に今までとは違う生き方をしないとやっていけない、今までのままだと、いいとこあと十年かそこらだと気がついた。身体も頭もどんどん衰える。それも必然、しょうがないと思っていたのを、あえて抗ってみようと思うのだ。

勿論、長生きしようと思い直したと言って、明日クルマに跳ねられて死ぬかもしれない。だから、あまり神経質にはならない。健康オタクになって、健康に神経質になって、上手くいかなくて、挙句ストレスを貯めて、結果として早死にしてしまうよう生き方は、恥ずかしくてやってられない。

かと言って、今までのような投げやりな生活は改める。身の回りと身体を清潔であるように心掛け、適度な運動を行い、食生活に気を使い、常に知的好奇心を持ち頭をよく使う。簡単に言ってしまえばこれだけの話だ。

何だそんな簡単なことかという話なんだが、これが長年出来なかった。だから、どうすればそういう事が出来るようになるのか、色々考えたり具体的に実践したり、この一年以上試行錯誤して、ようやく半分くらい、否、もう七割くらい出来るようになってきた。あとは維持するだけだ。自分の身体にそういう生活のリズムを徹底的に馴染ませる。

そうやって自分を作り直して、一体何処に辿り着くのか、何処に辿り着きたいのか、勿論、そんな事は分かっていない。それでいいと思っている。