電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

スターウォーズとロッキーどっちが強いか、あるいはフォースの隔世遺伝

スターウォーズ フォースの覚醒」と「クリード」が、両方とも本歌取りの面白さにも関らず、何故か両方褒めてる人は(語りたがりのツイッターにおけるマニア層には)あんまりいないで、どちらかを褒める人はどちらかを貶すというパターンが多いようで面白い。御多分に洩もれず、自分は「SW フォースの覚醒」はシリーズNo.1の傑作じゃね? で「クリード」の方は泣けたけどベタ過ぎで臭せーよというもの(少数派な気が)。

突っ込もうと思えば突っ込めるところは、どちらもかなりあることも確かで、一人きりでハングリーに育って、日常的に棒振り回していたとはいえ、レイ強過ぎだろ(逆に言えばダークサイドのパワーはあんなもんかよ)とか、同じジムの選手をカマセに使おうとするだけならまだアレなんだが、ロクにプロ実績ない奴を自ジムのホープ(しかも実の息子)にぶつけるのはさすがにどうなの(な挙句ホープ惨敗)とか。まー映画だからね。観てる最中(加えて翌日くらいまで)、気持ちよくさせてくれればいいとも思うので、この当たりはどうでもいい。

繰り返すが共に本歌取りの面白さなんである。繰り返しネタを微妙に変形してブッ込んでくるからこそ、昔のを観てると余計に楽しめる。

んじゃ本歌取りの部分を離れて、お話の構造はどうなのというところを比べてみる。

端的に要約してしまえば「SW フォースの覚醒」は、自分は持たざる者と思いハングリーに生きてきた少女が、実は銀河イチの持ってる者で、さらに高みを目指すと決意するところまでを描いていて、方や「クリード」は、幼少期こそ孤独でハングリーだったがある時期から何不自由なく育ったものの、心にダークサイドな劣等感を抱えていて、それをボクはここにいていいんだと晴らす話だ。

ツイッターで呟いたけど、「クリード」は構造が名作マンガ「がんばれ元気」に似ている。似ているんだが、元気くんは心にダークサイドな部分を抱えてない(ところが先行する「明日のジョー」の裏をきれいに取っている)。ハングリーだった時代ですら、いい思い出として抱えていて、どこまでも前向きだ。ところが「クリード」は違うんだな。結構ウジウジしてる。おれはどーせ間違って生まれてきたんだ的に。一皮剥けばシンジくんそのもの。

そこが嫌だからこそ(勿論だからこそ好きという人もいるだろう)、話がベタ過ぎだろとか、彼女の存在自体が最大のカマセとか、そういう部分でイチイチ冷めてきちゃうんだな。ボクはここにいていいんだ話はそういう映画で観る。ファンタジーなんだから、貴種流離でいいじゃん、持ってる奴は最初から超持ってるで。

勿論「SW フォースの覚醒」がいいのは、レイ役のデイジー・リドリーがナトリー・ポートマン顔(もっとはっきり言えばおれのキーラにクリソツ)ってことなのは言うまでもないんだが。覚醒遺伝、否、隔世遺伝したんだね。このオチ酷い。