電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

神様は何も禁止なんかしてない

もう10年くらい前に、人生の時計が止まってしまっている。と書くと語弊があるが、小説とか映画とか音楽とか、そういうモノに、人生の本質的な部分を揺さぶられることが、ほとんど、なくなってしまっているので、いいモノに出会っても、淡々と批評してしまいがちという意味でそう書いているだけで、あまり大袈裟な意味ではない。

これも10年くらい前になるだろうか、ジッタリン・ジンが、まだ現役で、小さなライブハウスとかで「♪アナタがワタシにくれたもの〜」と歌い続けていて、いやあ曲はロックじゃないが、生き様がロックだという評価が出て、自分も、まったくその通りだと思ったものだが、かと云って、それは、多少甘酸っぱい思いを含んだ、懐古的・憧憬的な思いであって、ジッタリン・ジンのCDを引っ張り出して繰返し聴いたりはしない。もってないし。

なので、ジッタリン・ジンの話ではない。もっと最近(か?)の人の話。川本真琴

四半世紀時代遅れて、突如、ファンになってしまった。

岡村ちゃんのプロデュースでデビューし、「DNA」「1/2」でブレイクした彼女、アニメの主題歌に使われたこともあり、オタク御用達(自分はオタク的な感性が欠如しているので、これは悪い意味で書いてる)のJポップという感じであって、耳にする曲には、好意的であったものの、自分が音楽を能動的に聴いてた時期は、とうに終わっていたこともあり、アルパムを通して聴いたこともなかった。

今や昔の人であって、田舎に帰って保母さんでもやっているんだろういうイメージ(偏見)があったんだが、ネットで検索したら、川本真琴は止めて(?)、タイガー・フェイク・ファという名義で、中央線沿線のライブハウスとか、ポツポツと活動しているようだ。

さらに情報を探してみる。彼女の場合、ロックって感じじゃない。ロックじゃないんだが、やはり、生き様がミュージシャンというか、表現者としか言いようがなく。

ほとんどの音源がネットで見つかるので、時代順に丁寧に聴いていくと、その才能が生み出す、飛びまくるメロディーラインが、キャッチーを飛び越してしまい、大衆性をどんどん失って、自分ごときの感性では、1回聴いただけじゃ反応してくれないレベルにいってしまっている。とか書いてしまうのが、淡々とした批評ってヤツなので、彼女に関しては、そういうことは、どうでもいいか。

いやね。吉祥寺の街を歩いていたら、川本真琴とすれ違うかもしれないと思うと、生きる勇気が沸いてくる。ということが重要なのだよ。