電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

落ち目になった時こそ底力が問われる

何気にiTunesをチェックしていて、何気に観てみた「その男ヴァン・ダム」。これが傑作だったので、とっくに紹介する旬を逃しているにも関わらず、感想を書いてみる。Wikipediaでのあらすじは下記のようになっている(ネタバレはほぼなしで、むしろこれを読んでいた方が楽しめるのでご安心を)。

かつてアクションスターだった男、ジャン=クロード・ヴァン・ダム。最近の出演作はビデオスルーばかり、以前ハリウッド・デビューを手助けしたジョン・ウーには冷たく扱われ、再起をかけてなんとかものにした大作アクション映画の主役も、土壇場になってスティーヴン・セガールに横取りされる始末。48歳を迎えてアクションにキレがなくなり、体力的にもそろそろアクション一筋では難しくなりつつあったが、かといって他ジャンルへの転身も難しい。キャリアの低迷は私生活にも影響し、金銭トラブルに巻き込まれた上、親権争いにも敗れるなど絶不調。疲れ果てたヴァン・ダムは、心の傷をいやそうと祖国ベルギーへ帰郷する。落ち目の彼だったが、ベルギーにおける人気は今も健在で、故郷の人々は彼をヒーローとして温かく迎えてくれるのだった。ベルギー帰郷中のある日、彼は養育費を振り込みに立ち寄った郵便局で強盗事件に巻き込まれる。

結構、いい評価で語られる事が多かった気もするんだが(よく覚えてない)、どうもキーワードが自虐ネタというところに集約されていたような気がして。この自虐ネタというのを、自分は自虐ギャグと勝手に理解して、コメディーだと思っていたのだ。事実、コメディーという紹介も見かけた記憶がある。

ところがびっくり、モノ凄くメタフィクショナルな映画だった。落ち目の俳優の実人生とのリンクというと、ミッキー・ロークの「レスラー」がすぐ思い浮かぶが、ここで書いた通り「レスラー」という映画はあまり好きではない(と自分が思ったことと、映画としての出来がいい事とは決して矛盾しない)。

結局「レスラー」はとても美しい物語で、メタフィクショナルな批評性はあまり強くないのに対して、この映画はやたら批評的なんである。オープニングのヴァン・ダムの長回しのアクションからしてわざとB級だし(殴ってるフリをしているのがよくわかるような撮り方)、劇中起きる事件も超B級、全然美しくないんである。勿論、結果としては、その美しくないところが輝いていく。

「レスラー」も「その男ヴァン・ダム」も、アメリカンニューシネマを彷彿させる荒いカットを多用するのは似ているんだが、「レスラー」が「俺たちに明日はない」的に真っ当に物語られるのに対して、「その男ヴァン・ダム」は「イージーライダー」や「スケアクロウ」的に断片を積み上げるような不安定な詩を見せる。

「レスラー」について書いた時に触れたが、自分はミッキー・ロークという役者は大好きだったが、ジャン=クロード・ヴァン・ダムなんて、まったく好きではなく。というより、ほとんど興味すらなかったと言っていい。だから、そこそこいい評判を知っても今まで見ようとすら思ってなかったわけだ。

タクシーの中で展開されるシーンがあって、このシーンの切なさと言ったら。勿論、この映画が語られる時によく取り上げられる終盤の独白も悪くない。そして、何と言ってもラストシーン。ええっ、こう来るのかよみたいな。そこにカブるエンディング曲も、おっとという感じで、最後までいい意味で予想を裏切られ続ける。

この映画、ヴァン・ダムの故郷であるベルギー映画で、劇中でもフランス語(なのかフラマン語なのか自信なし)と、英語がチャンポンで進んでいく。確かにハリウッドじゃ作れない切なさ。しみじみと傑作だと思う。ヴァン・ダム、この1本だけで、映画史に記憶されると思う。