電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

黒澤明全30作・極私的見所解説その1

黒澤明の全30作を、WOWOWが週ごとにテーマをつけて7週わたって放送を開始した。これに合わせてツイッターで私的見所を呟いているんだが、そこそこちゃんと書いているのと、途中でメゲないよう自分にプレッシャーをかける為、少しいじってここにもマトメておく。

第一週は「不朽の傑作選」ということで「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」「天国と地獄」「生きる」の5本。黒澤から5本を選べと言われてこの選択は異論もある人も多いと思うが、まあ活劇に振り切ったと考えれば理解出来なくはない選択だと思う。けれど初週にこう名打ってしまうと、二週目からは傑作ではないのかよと突っ込めなくもないような気も。

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「七人の侍」

天邪鬼の自分でもこれを黒澤の代表作とするのはまったく異存なし(事実そういう声多数、今回も一発目)。痛快エンターテインメント時代劇。翻案した「荒野の七人」のオファーを受けた若かりし頃のジェームス・コバーンが「あの剣豪(宮口精二)の役を出来るのか?」と喜んだという逸話が好き。それくらい宮口精二がカッコいい。その宮口、黒澤のオファーを「殺陣をやった事がない」と難色を示したが、撮り方で何とかするからと黒澤に口説かれたという。勿論、宮口精二以外もカッコいい。今時の若い子は、黒澤というと難解な映画をイメージする子が多いらしいんだが、そんなことはまったくない。黒澤って基本が活劇、エンターテインメントの人なんである。若い頃にこそ見て欲しい一本。

「用心棒」

これも代表作とされる事が多いんだが、実はあんまり好きじゃない。序盤に初代の黄門様が延々と状況を三船に語るシーンがあって、そこが凄く説明的で嫌い。ところがそう思わない人が多いらしく、これをパクったクリント・イーストウッドの「荒野の用心棒」でも何故か忠実に踏襲されていたりする。不思議。敵役の仲代達矢がやたらカッコよくて、だからこそ、ラストの三船との対決が引き立つ(けれど、アイディアはイーストウッド版の方が面白いと思ってることは内緒)。この「荒野の用心棒」や、やはり翻案でウォルター・ヒルブルース・ウィリスで撮った「ラストマン・スタンディング」と見比べると色々面白い。結構、黒澤って軽いのが分かったりする。この3作品ではウォルター・ヒルが一番重厚に感じるほどだぜ。

「椿三十郎」

「用心棒」の続編だがこっちの方が出来がいい。黒澤の時代劇では一番好き。ラストの殺陣は最早伝説。さて、黒澤作品は三船だらけなんだが、実はおれ三船があんまり好きじゃない。凄いとされている殺陣すらどうもなあ。黒澤は邦画の殺陣をリアルにした第一人者とされるけど、三船の殺陣って軽過ぎてリアルじゃない気がするのだ。あっという間にひらひらひらと斬ってしまう。検証の為に「用心棒」「椿三十郎」の殺陣シーンのみを、しつこく何回も見直したことがある。そこで得た結論。三船の殺陣は早過ぎるんである。早過ぎて初見だと軽く見えてしまう。何回も観ないとよく分からない。果たしてそれが映画的にいい事なのかは疑問だが、凄い事だけは確かなのだ。その殺陣が存分に味わえる一本。森田芳光織田裕二で撮ったリメイクにも一言。こっちは黒澤版と同じホンなのに不思議なほどに駄作。小さな間の違い、カメラの距離、そして殺陣。そういう細部の演出の積み重ねでこうも違ってくるという顕著な例。見比べると実に面白い。

「天国と地獄」

現代劇では黒澤の最高傑作とされることが多いサスペンス物。散々パクられたりオマージュされたりする名シーンも多く、その辺りも傑作である所以。単純にハラハラドキドキ面白い。けどね、ラスト周辺ちょっと冗長じゃない? この作品は1963年だが、50年代後半から黒澤の作品には冗長さが増してくる。この前年の「椿三十郎」が最後のシャープな活劇なのではないか。そして、切れない黒澤のその切れなさが特徴になっていく。活劇性を失って芸術性が増していくというか。その意味で、この「天国と地獄」、黒澤最後の傑作活劇といえるかも。おれはやや冗長さを感じるものの、まだ活劇性が失われていないどころか、冗長さを芸術性や重厚さと捉えれば、見る人によっては文句なしのバランスなのかもしれない。

「生きる」

大した話じゃないと思うのだよ。志村喬の演技も変だし。モゴモゴし過ぎで、なんか単に頭の弱い人なんじゃないかと見えてしまう。それでもこの作品が黒澤の最高峰として語られ続けるのは、ホンと演出の妙だろう。モゴモゴの前半から一気に畳み掛けるラストへの展開が凄まじい。大したことない話が大した話でない故に一気に輝きだす。頭の弱い人にしか見えない前半のモゴモゴもそれを狙ったんだろうと思わせてくれる。黒澤って上手いわーと素直に痺れさせてくれる一本。と書いて「生きる」が、冗長さを指摘した「天国と地獄」とほぼ同じ上映時間である事に気付く。前半ダラダラの前者が、名シーン続出でハラハラドキドキ、ラストちょっと長いかな程度の後者と同じ時間とは。演出とはどういうことか益々考えさせてくれる。

二週目「黒澤明全30作・極私的見所解説その2」はこちら