電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

黒澤明全30作・極私的見所解説その2

一週目「黒澤明全30作・極私的見所解説その1」はこちら

二週目のテーマは「監督誕生」。要はデビュー作からその直後の数作品なんだが、デビュー4作目で初時代劇の「虎の尾を踏む男達」は4週目の「珠玉の時代劇」の方に入っているので、デビュー作から6作目までの合計5本。アクションやって、翼賛映画撮って、今で言えばアイドル映画に近い(?)、女優中心の映画やって、庶民のカップル描いてと、実にバラエティ豊か。

「姿三四郎」「続姿三四郎」

デビュー作と3作目の続編をひとまとめにして多少粗雑に。黒澤の映画の多くは時代背景を考慮しなくとも古びていないものが多い(勿論、時代背景を理解すれば余計楽しめるのは当たり前)。が「姿三四郎」の2本は古びていると思う。何がって殺陣があまりにショボいんである。刀の殺陣ではない(数多のチャンバラ映画の殺陣は古びてない)、「姿三四郎」であるからして徒手の殺陣なわけだ。そこがすんげえショボいの。そもそも藤田進っていい役者だと思うんだが(裕次郎に通じるような素敵な笑顔)、残念なことに運動神経が鈍いように見える。「隠し砦〜」で三船とチャンバラをやるシーンがあるがそれも超ショボい。撮り方でカバー出来てない。なので今の目で見るなら「姿三四郎」の2本、これが黒澤のデビュー作かと、殺陣以外を、特に大河内傅次郎の重みある加納治五郎(役名は矢野正五郎)っぷりとか、姿三四郎の結構恥ずかしくなる青春っぷりを楽しむべき映画だと思う。

「一番美しく」

黒澤の2作目、唯一の大政翼賛映画。後年黒澤はこれ恥じて責任を取って主役女優と結婚したのは有名な話。……すいません大嘘です(結婚したのはホント)。大政翼賛映画なのに、ちっとも翼賛してなくて、しかも大した話じゃなくて、あんまり面白くない。けれど、妙に心に残るというか、頭に焼きつくような美しいシーンがいくつかある。つまり、活劇の黒澤が大政翼賛映画作るにあたって、末期に繋がる芸術性に振り切ったと見るべき映画なんだと思う。かと言って、実は反戦的な意図があったとか言うのは無理があるから止めた方がいい。戦後の民主主義教においては反戦こそが絶対的な価値を持っていたが、映画(のみならず作品全般)を解釈・評価するにあたっては何の足しにもならないどころか真価を見誤るだけ。

「わが青春に悔なし」

黒澤が役者に負けた唯一の映画として、永久に記憶されるべき初期の傑作。役者なんて駒としか思ってない黒澤が(特に後期の作品はそれが顕著)、明らかに原節子に負けている。それを絵が認めている。小津映画で笠智衆とツッコミのない親子漫才やってる原節子しか見てないと、この映画にはびっくりする筈。前半と後半の落差の凄まじさ、その鬼気迫る表情。ああ確かにこの人なら国民的女優でも不思議ではないなあと初めて理解出来るというか。映画全体としては前半と後半に落差があり過ぎてちょっとバランス悪いかもと思う(逆にそれが効いてるとも言える)んだが、この原節子の迫力とそれを引き出した黒澤に免じて、左翼臭が強いとかプロ市民翼賛映画かよという辺りは気付かないふりをすべき。

「素晴らしき日曜日」

ラストシーンが革新的という事で有名な一本。ちなみにこのシーン、おれは何回観ても恥ずかしくなってしまうんだが。尤も変わった事をやってるのはラストシーンだけで、基本は童貞と処女のウジウジ小市民青春モノだからそのつもりで観た方がいい。黒澤には、これ系の小市民モノが何本かあって、庶民に対する暖かい視線なんて言い方をよく見かけるが、どこが暖かいのかさっぱり分からない。冷徹。けれど上手いのは確かな一本。

三週目「黒澤明全30作・極私的見所解説その3」はこちら