電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

黒澤明全30作・極私的見所解説その5

四週目「黒澤明全30作・極私的見所解説その4」はこちら

5週目に入った黒澤特集、今週のテーマは「人間賛歌」。何かよくわからないテーマで、要はあまりモノかよという感じなんだが、揃った4本は粒ぞろいだったりする。

「赤ひげ」

冗長というより物理的に長過ぎる江戸の町医者ドラマ。長さの割には冗長さは感じないんだが。もう少し整理して2時間ちょっとの話にしたら、最高傑作になったのではないかとも思える人情モノ。加山雄三がカッコいいんだよねえ。三船が渋みとか味で勝負する必要がなく、いわゆるイケメンで押し切れたのが1950年代の初頭までなら、加山雄三はこの映画の1965年くらいまで。若大将シリーズは最初の方だけで、数作目からむくみ始め、あんまりカッコよくなってしまう。映画そのものに関して言えば、いわゆるテレビドラマのフォーマットのハシリというか、映画にするより連続ドラマにした方がよくない? という話でもある。だからこそ長くとも退屈はしないというか。そうそう、黒澤映画で唯一おっぱいが見えるんだぜ。

「酔いどれ天使」

今の作品を見る目で見ると、もうちょっとじっくり見せてよと言いたくなるくらいのテンポで叩き込んでくるからこそのキレの良さ(特にラスト)。三船と初めて組んで、黒澤黄金期の幕開けを告げる一本。その三船、アウトローは大根でも出来るという普遍的真理を越えてカッコいい。その三船に食われたという評価が一般的らしい志村喬も、ひたすら渋い町医者を好演。メインの舞台になるドブ池のセットも生きまくり。初期の代表的傑作だと思う。

「静かなる決闘」

自分の感覚なのでそんなに自信はないのだが、「一番美しく」あたりと並んで、最も無名な黒澤作品なのではないか。しかし翼賛映画ということで微妙な出来の「一番美しく」と違って、これは黄金期の作品。無名でも傑作。従軍医師が梅毒になってしまい、帰還後も、病気の質もあって、せっかくいいなずけもいるのに微妙な関係となり……という話。アクションなしの三船なんだが「醜聞」よりハードボイルドな演技を見せ、大根感も珍しく漂わない。お勧め。

「まあだだよ」

遺作。この映画で一番語られるのは延々長回しで続く宴会シーンだろう。はっきり言って冗長でどうでもいいシーンだと思う。あんなもん、どんなに入念にリハしようが出来に大差影響ないしね。長回しの意味が分かんない。一方、一番素晴らしいのは静止画ではよく象徴的に出るシーンで、主役の先生と奥さんが過ごす庵(としか言いようがない)の四季を遠景で追ったカット。もうこの映画はこれがすべてのようがする。まあ、マニア的に一番面白いのは、DVDの特典に入ってる主役の松村達雄への黒澤の延々と続くダメ出し映像だったりするのだが、あくまでマニア向けという感じか。「影武者」「乱」「夢」でトチ狂ったとしか思えない黒澤が、「八月の狂詩曲」とこれという静かな作品で人生を締めくれるってカッコいい。

六週目「黒澤明全30作・極私的見所解説その6」はこちら