電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

徹底比較「江」と「仁」

昨日書いた「仁」と「江」の話。コメント欄が面白くなって、長くなったので、こちらに続きを。

s_tropical 2011/04/20 12:04
「仁」を評価するのに「江」を引き合いに出す物言いって、
放送後たくさん見かけたけど、
それって、
「ガチンコのよーなプロレス」と「プロレスのよーなガチンコ」を
ごっちゃにする危うさがあるんじゃ。。。


memo8 2011/04/20 14:34
うーん、少なくとも、田渕久美子のホンは、「仁」と比べていいよ、そっちで勝負するよと作品が主張しているような気がするんですよ。で、「篤姫」はそれに成功し、「江」は今のところ失敗していると思います。

しかも「仁」はドラマの性格上、歴史考証には忠実で、「竜馬伝」みたいに、戦場を着流しで歩いたりしないし。つまり、近年のNHK大河のあり方自体が、「仁」と比べて欲しいような絵ばかり作るから、益々比べられちゃうわけで。


s_tropical 2011/04/20 22:53
もちろん、最近の大河がフィクション方向を指向しているのは確かですけど、
例えばUWFは、プロレスを出発点にリアルファイト的な見せ方を指向していたと思いますが、
じゃUWFをガチンコの文脈で批評しちゃってる文章があったら、
普通は笑われちゃうじゃないですか。


別に、
「仁」は素晴らしいドラマだと思いますし、
「江」は成功していないとは思いますし、
両方とも「ドラマ」であるとゆー点で比較されるのは逃れられないとは思いますが、
でもその比較におけるマナーの質は、
ちゃんと問われてしかるべきではないかと。

うーん、けれど、そのアナロジーはどうだろうなあ。

この場合のガチンコとはノンフィクションであるべきだと思うから。つまり「その時歴史は動いた」的なもの。フィクションである事を前提とする以上、どこまで行っても「プロレスのよーなガチンコ」ではありえず、「ガチンコのよーなプロレス」であるわけで。その「ガチンコのよーな」部分の程度問題であって。つまり「凄くガチンコのよーなプロレス」と「そこそこガチンコのよーなプロレス」を比較しているわけであって。

NHK大河を批評する論調の典型として、いわゆる「史実厨」というのがあって「あれは史実と違う」「捏造だ」と攻撃するわけですね。ネット時代になってからの大河はずっとこの手の攻撃にさらされてきた。

自分は、こういう批判の仕方には懐疑的で、ドラマなんだからいいじゃねえかとずっと書いてきた。NHK大河自体を、ずっとフィクションとして観てきた。今回の「江」に関しても、最初の2回の田渕のホンを評価するような事を書いた。だからこそ、「仁」と同じフォーマットで勝負出来なきゃいけないと思うんですよ。つまり、自分個人に関しては、マナーを外しているとはまったく思ってない(他の人の「江」批判は知りません)。事実、NHK大河は過去には、延々そういう統一のフォーマットで充分勝ってきたからこそ、ブランドとしての価値もあり、固定の視聴者もいて、ここまで続いて来たんだと思うし。

篤姫」の成功って、篤姫というイマイチ詳細は知られていない人物に「小松帯刀と幼馴染であったら」「徳川家定脳性麻痺ではなかったら」というふたつのIFを持ち込んで、そこでドラマを発生させたから面白くなったわけで、それは、坂本龍馬という著名な人物とその時代に「現代の医師がタイムスリップしてきたら」というIFを持ち込むことで色々な事を紡ごうとする「仁」とそんなに変わってないと思うんです。

この辺りは、フィクションとかドラマとかについての定義問題にもなって来ると思うんですけど、その上で「江」は魅力的なIFを今のところ作れていない。「織田信長の意思を継ぐ」みたいなIFがあるけど、それが全然生きてない。

例えば、近年のNHK大河らしい大河という意味では、「風林火山」の前半が最後だったと思っているんですけど、あれも、実在すら微妙な山本勘助を、あの時期の武田・北条・今井を舞台に、時代考証だけは綿密にやった上で、原作からも自由に遊ばせたから面白くなったわけで。史実を史実のまま描いて、そのまま面白くなる人物なんてそんなに多くない。だからこそNHK大河は、歴史ドラマである以前に、単にドラマとして面白くあろうとしないと意味がない。自分はそう思います。歴史ドラマって、歴史という材料・背景を使う事で、フックを作っているわけで、それは決して足かせではなく、利点なんだし。

ちなみに、自分はまだ「江」には期待してます。テコ入れがEXILEだったりするし。いやテコ入れではなく、かなり前から決まっていたのかもだけど。