電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

蕎麦は音をたてて強くすするのが行儀

西荻窪に蕎麦の名店と言われている店があって、そう書けば知ってる人はみんな知ってるので、わざわざ店の名前を書く気ににもならないんだが、まあ一年に一回行けばいい方だ。確かに美味いんだが、コストパフォーマンスが悪いんである。

今年は鰻の値段が高いが、ちゃんとした鰻ショップ(笑)で、鰻巻きか鰻ざくに、白焼きで酒を飲んで、鰻重に肝吸いつけて〆て取られる値段を、この蕎麦の名店、焼き味噌と鴨焼きで酒を飲んで天盛りで〆て、ほぼ取られてしまう。決してコストパフォーマンスが良いとは言えない。

今やグルメといえば、ほぼB級グルメのことを指すのであって、コストパフォーマンスという概念は重要だ。「この味なら650円までなら許せるが700円取るのは許せない」とか、そういう世知辛いというかセコいラーメン評がネットに溢れている昨今だから、この名店は決して流行ってない。いつ行っても決して並ぶことなく入れて、そこそこ美味い(けれど高い)蕎麦を食える。

ツイッターで呟いたんだが、NHKの「あさイチ」で、最近、篠山紀信南沙織の息子と月替わりで、グルメリポーターになった、ゴーオンレッドが、そーめんを音を立てず、すすらず、モゴモゴ食って、しかも途中で噛み切っていた。

行儀が悪い。そーめんとか蕎麦は音を立てて、すするものなのだ。まずは、それの方が美味いんである。加えて、合理的な理由もあるんである。面倒くさいんでその理由は各自ググりましょうという事にしておくが、従って、蕎麦を強く音をたててすするのは、決してマナー違反でないだけでなく、実用性から発した充分に粋な行為なのだ。途中で噛み切るなんてもってのほか。パスタと一緒にしてはいけない。

最近は、そんな当たり前のことが通じない。

上記の名店で、久々に昼酒を飲んでいたら、隣にBBA三人組みが座った。恐らく三十代一人、五十代二人。漏れ聞こえてくる会話の内容から、この店から一ブロック向こうに本部がある宗教団体の人達かとも思ったんだが、確信はないし、そんなことはどうでもいい。

ふざけるなとなったのは、こちらが昼酒ですっかり気持ちよくなって、蕎麦で〆始めたら、大きな音をたててすするたび、ガン飛ばしてくるわけだ。「行儀わるいわね」「あらやだお下品」。そう言いたげな視線。勿論、そういう視線が飛んでくるほど、こちらは心を込めて、より大きな音を出すように強くすすり続けたので、蕎麦は美味かったし、その直後に入ってきたカップルが、二十年くらい前の代理店様の典型的なクリエーターみたいな、アロハに髭でサングラス、勿論小太りのオヤジで、つれの女はしっかりケバく、挨拶代わりに今すぐ舌噛んで死ねよと言いたくなるような連中だったのが、この小太りオヤジ、盛大に音を立てて蕎麦をすすり始め、冷たい視線の攻撃に若干弱まっていた、おれの脆弱なハートはやや強まりを取り戻し、すっかりうれしくなって握手しに行こうかと思ったくらいで、バブルはひょっとすると文化的には決して無駄ではなかったのかもしれないと、生まれて初めて思ったものである。おっと、閑話休題

酒は二合しか飲んでなかったので、ろくろく酔ってもいなかったんだが、ほろ酔いというのが一番勢いがつくんだよな。

店を出る時、普段だったら絶対そんな事は言わないんだが、「蕎麦は強くすすった方が美味いっすよ。行儀違反じゃないすっよ」と、かなり控え目に、けれどはっきりBBA三人組み向けて、充分伝わる大きさと滑舌で言うと、三人のうちの一人は、まったく音を出さずに、もぐもぐ食ってた癖して「そうなのよ」という視線を返してきたのだが、他は二人は、まあ視線も合う事もなく、どうせ煙草臭いウザいおっさい扱いされてるんだろうなと思いながらも、それでも店の従業員の好意が明らかにこちらに向いてることだけは確認して、店を後にしたのであった。