電脳如是我聞の逆襲

他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ

がんばれ住田、がんばれ自分……園子温「ヒミズ」雑感

最近のこのブログ、すっかり「恋の罪」ブログになっていて、圧倒的に「恋の罪 水野美紀」の検索子で来る人が多い(『「恋の罪」には水野美紀のおっぱいが足りない』参照)。ならば「ヒミズ」だって、ソッコーで観てきて、ソッコーで語りまくって、サーチエンジンの期待に応えなくてはならない。というわけで、初日の初回に観てきてしまった「ヒミズ」、ネタバレほぼなしで雑感をネットの辺境で放流。しかし、検索子に「園子温」はまったく入ってないのが、悪い意味で面白いといえば面白いよね。サーチエンジンから来る人種はそっちというか(人種差別剥き出し)。

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おかしな仮定だが、自分が、デンツー様かなんかの社員で、それなりの偉い人で、大手の資本をバンバン入れて、タイアップとかもガンガン取って、テレビスポットも大量に流すような、いわゆる商業的要請の強い映画を作ることになったとしよう。そうなった時、「恋の罪」までの園子温だったら、自分は監督に推さないと思うんだな。簡単に言ってしまえば、怖くて任せられない。何されるか分かったもんじゃないみたいな。それほど園子温映画とは異常な映画の積み重ねなのだ。

けれど、この「ヒミズ」で、園子温、ああ大丈夫なんだ、普通に出来る人なんだという事を見事に証明したと思う。まあ「気球クラブ、その後」や「ちゃんと伝える」でとっくに証明しているじゃないかと言われてしまえばそうなんだが、今回は原作付きだし、いわゆるメジャー資本ではないものの、講談社が製作に入ってるし、シネコンでガンガンやってるし、遂に、いわゆる準メジャーということろまで来た作品であって。

そういう事もあってか、園子温的な過剰さは、比較的控え目だ。暴力シーンは頻出するけど、目を覆わんばかりのシーンはそんなにないし、人は随分死ぬけど血がドピューっと画面いっぱいに広がったりはしないし、園作品初出演の窪塚もラリらず普通に演技してるし、第一、おっぱいが全然見えない。胸元チラリとパンツ丸見えくらいで我慢しなさい。

古谷実の原作から、随分といじっている。あちこちで話題にされていた震災後の日本への移植もそうなんだが、それ以上に人物の置き換えが凄い。原作では主人公の住田くんのダチで、池沼に近く描かれる夜野くんが、何と渡辺哲なんである。自分はオフィシャル・サイトレベルでの情報もほとんど入れないで観た為、途中でようやく渡辺哲があの夜野くんであることに気付き、なるほど、そっか! とリアルに呟いてしまったくらいで。客席名物、独り言を言うオヤジ。

それにしたって、園子温自身が、繰り返しあちこちで述べているラストの改変を含め、何と原作へのリスペクト溢れる換骨奪胎ぶりなんだろうか。上手い。例えば、原作にはない茶沢さんの背景を描くことで(勿論、二階堂ふみが大熱演していることもあって)、原作ではサブに留まっている茶沢さんが映画的に成長して、真っ当な二人の物語になっている。カルト人気がある作品であるゆえに、わずかでも変えて欲しくないとか言い出しそうな幼稚な熱狂的原作ファンもいるかもしれないが、このいじり方に文句つける奴は、見る目なしと断定していいと思う。

細かい突っ込みなら、いくらでも出来る。例えば園子温長回しに特徴があるのと同じくらいに細かいカット割りにも特徴があるわけだが、そういう園子温らしさが、却って序盤の教室シーンなどで五月蝿いとか、住田くんの周辺にいるゴーリキー(もしくは黒澤)の「どん底」ばりな人々が、夜野くん以外、何故あれだけ明るく佇み、かつ住田くんに期待してるのかイマイチ分からないとか(夜野くんだけは充分説得力を作っている)、これほど緻密に作られているのに、いつものようにやや冗長とか、茶沢さんの家族のおかしさが唐突過ぎるとか、宮台真司ウザいとか、そういうことだ。だから、大傑作なのかと言われると、ちょっと迷って首をかしげざるを得ないのも確かで。

自分の中で育つ映画が好きだ。観てる最中の衝撃も重要だが、一晩経って、いやもっと日数が経って、自分の心にしっとりまとわりついてきて、そうして、日数が経つほど愛おしくなるような映画が好きだ。そういう自分の映画観からすると、園子温の映画は、直後の衝撃ほどには自分の中で育たない。だから園子温の凄さは何回でも触れたくなる程度には好きなものの、ベストとか一番好きとか愛してるとか、そういう言い方はあまりしたくない監督で。

例えば、上記リンクで「恋の罪」は大方斐紗子である事は強調したが、時間が経ってみると、あの映画はやっぱり、ラストシーンの水野美紀なんだよね。自分にとって育つのは。かと言ってあのラストシーンが、あの映画のすべてを語っているのかと言ったら、それはそうではなくて。

この映画は育つかもしれないとも思う。育つのは、勿論主人公の2人への愛おしさだ。染谷将太の住田くんと、二階堂ふみの茶沢さんだ。それは、そのものずばり映画「ヒミズ」だ。だから、この映画が客観的に大傑作ではないとしても、少なくとも、自分にとっての大傑作に育つのかもしれないとも思う。まだ昨日観たばかりだから、分からない。育たないかもしれない。けれど、がんばれ住田、おれもがんばるという映画であることだけは間違いないのである。